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能登直(のとすなお)のwiki経歴や年齢は?羽生結弦の写真集の神カメラマン!【羽生結弦写真集notte stellata】

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#俺の撮った羽生結弦

神カメラマン3人のうちの1人、能登直さんについて調べてみました!

能登さんの異色の経歴羽生結弦さんとの出会い、知れば知るほど奥深いストーリーに興味津々です!

ぜひ最後までお読みくださいませ!

この記事でわかること
・能登直さんのWikiプロフィール
・能登直さんの経歴
・能登直さんと羽生結弦さんの出会いや関係
・能登直さんの代表作

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能登直のwiki風プロフィール!年齢は何歳?

能登直さんのプロフィールがこちら👇

名前:能登直(のと すなお)
出身地:宮城県仙台市
生年月日:1976年(47歳)
学歴:神奈川大学卒業
職業:カメラマン(フリーランス)
自宅・職場:東京都

お若く見えるのでおいくつなのかな~と思っていたら、47歳なんですね。ご結婚はされていないようです。

神奈川大学を卒業後、ずっと仙台で活動をしておられましたが、2017年より拠点を東京に移し、法人化しました。

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能登直の経歴

では、能登さんのカメラマンとしては異色の経歴を時系列で見ていきたいと思います!

1999年

1999年3月、神奈川大学を卒業し、5月に地元である仙台に戻ります。その時点で就職は決まっておらず、家族からは叱責される日々。

卒業した大学の学科とは全く関係のない、広告業界での就職を目指していましたが、ふと見た父親の一眼レフのカメラが目に留まり、写真撮影の楽しさを覚え始めました。ふと目に留まったポスターをきっかけに、

能登直
能登直

写真のカメラマンでもCMと同じようなことができるんだ!! 
カメラマンを目指そう!!

そう決意した能登さんは、写真スタジオでアシスタントとして働き始めます!

そして、カメラマンのとは想像を絶するハードワークであることを知りました。ある日の撮影スケジュールを載せてくれていましたが、びっくりするほどの過密スケジュールです!

4:00 スタジオ集合
4:30 スタジオ出発 →車で移動
8:30 青森県内のホテル到着
    施設・コース料理など撮影
18:00 撤収 →車で移動
24:00 福島県内の旅館到着
    コース料理など撮影
3:00 仮眠
4:30 起床 →朝焼けの露天風呂撮影の準備
    露天風呂・内風呂など撮影
7:00 撤収 →車で移動
9:30 スタジオ到着 →一旦解散
12:00 スタジオ集合 →照明セッティング
    スタジオで商品撮影
21:00 終了・機材バラして解散

最初の月給は、なんと驚愕の3万円!!ですが、1年後には12万円に上がっていたそうです。

そして、だんだんと人物を撮りたいと思うようになった能登さんは、1年半でこのスタジオを辞め、上京資金を貯めるべくバイト三昧となります。

2001年

2001年4月、先輩からの紹介でフリーランスのカメラマンのアシスタントとして働き始めます。

24歳になるころには、”ホットペッパー仙台版”の撮影を1人でまかされるように!飲食店・美容室・洋服屋・マッサージやエステなどあらゆるジャンルのお店を撮影してまわったそうです。

2006年

2005年12月、フリーランスとなった能登さん。この年に出会ったフィギュアスケートがこの先の人生の大きく変えることになります。

この年トリノ五輪で金メダリストとなった荒川静香さんのアイスショーの撮影をしたときのことです。スポーツ写真を撮った経験のない能登さんは、十分な機材もなく満足のいく写真を撮れませんでした。ですが、その肉眼で見た荒川さんの演技と観客のスタンディングオベーションに震え、フィギュアスケートにのめり込んでいきました!

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2007年

フィギュアスケートの合宿に同行し撮影する機会があり、その後メダリストとなる浅田真央ちゃんや鈴木明子さん、高橋大輔さんらのストイックな練習姿にまた魅力を感じてのめり込んでいきます!

能登さんはこの後、フィギュアスケート撮影と広告撮影の2足のわらじを履くことに。広告撮影をしてフィギュア撮影のための資金を稼ぐ状態でした。

そして、フィギュアスケート撮影のため、140万円ものカメラやレンズの機材をそろえたそうです!それでも、まだ欲しかった機材があったほど!

カメラの機材ってそんなに高いんですね!
Σ(・□・;)

そしてこの年の10月、羽生結弦さんに出会います!10月に仙台で開催された全日本ジュニアの表彰式で、結弦くんと初めて言葉を交わしたそうです。

赤字を出してまでフィギュアスケートを撮り続けることを疑問に思う声もありましたが、

能登直
能登直

ライフワークとして撮っていけるものを見つけた!!

という思いで撮り続けたそうです。

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2008年~2009年

すっかりフィギュアスケートにドはまりした能登さんは、怒涛のスケジュールのフィギュアスケート撮影をして、その合間を縫って広告撮影をこなしました。

2008‐2009シーズンの撮影がこちら👇

2008年
4/20 ジャパンオープン(さいたま)
4/25 プリンスアイスワールド ゲネプロ(新横浜)
6/28 ドリームオンアイス(新横浜)
7/5    フレンズオンアイス(新横浜)
7/26 THE ICE(名古屋)
8月1週目 ジュニア&シニア合宿(仙台ー中京大学 2往復)
8/31 関西大学エキシビション(高槻)
9/13~14 チャンピオンズオンアイス(新横浜)
10/12~13 東京ブロック
10/23~28 スケートアメリカ(アメリカ・エバレット)
11/13~18 エリック杯(フランス・パリ)
11/23~24 全日本ジュニア(名古屋)
11/27~30 NHK杯(東京)
12/11~15 グランプリファイナル(韓国・ソウル)
12/25~28 全日本(長野)

2009年
1/9 ジャパンスーパーチャレンジ(名古屋)
2/4~10 四大陸選手権(カナダ・バンクーバー)
3/24~31 世界選手権(アメリカ・ロサンゼルス)

海外遠征も多々あり、赤字になるのもわかりますよね💦

ですが、徐々にフィギュアスケートの写真でスポーツ雑誌の表紙も飾れるようになり、赤字も縮小していきます。

2011年

そして、2011年3月11日、仙台のオフィスで仕事をしていた能登さんに東日本大震災が襲います。幸い被害をまぬがれた能登さん。その翌月に行われたアイスショーの撮影で天井を見上げた羽生結弦さんの何ともいえない表情をファインダー越しに見ます。

その後の羽生結弦さんの活躍は周知のとおり。能登さんは羽生さんを追い続けました。

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能登直と羽生結弦の関係は?

2007年に羽生さんと出会い、同じ仙台出身ということで、運命的に機会に恵まれた2人。最初に出会ったジュニア選手権の表彰式後に言葉を交わしてから、彼を撮影を通して追い続け、その魅力を伝えてきました。

2024年には「シャッターがとらえた羽生結弦の進化」題し、写真を使って羽生結弦さんについての講演会を行いました。

フィギュアスケートにのめり込み、その魅力を最大限伝えたいと自分の最大限のパフォーマンスで撮り続けた結果、能登さんは羽生結弦さんの写真集を多数任されるまでに!

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能登さんの代表作と言っても過言ではない、羽生結弦さんの写真集。

そして、最新のアイスショーをおさめた『羽生結弦 notte stellata写真集』を撮影した3人の1人でもあります!(購入はこちらのサイトからどうぞ!➡BS日テレSHOP

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まとめ

能登直(のとすなお)さんは、1976年仙台市出身の47歳。

神奈川大学を卒業後、カメラマンを志し写真スタジオやフリーランスカメラマンのアシスタントを経て独立し、2006年に出会ったフィギュアスケートのめり込んでいった。当時はフィギュアスケート撮影の経費で赤字続きだったが、徐々に表紙や連載を飾り、2007年に出会い、撮り続けた羽生結弦さんの写真集をまかされるまでとなった。

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